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うちのエルサはアスペルガー

我が家のエルサ(長女10才、アスペルガー)の日々と私がアスペルガーや発達障害について学んだことなどを綴ります。

幼き頃の我が家のエルサ その1

いや、別に大ヒットにあやかろうとか、そんなつもりは無くてね、
便宜上、我が家の長女をエルサ、次女をアナと呼ばせていただきます。
その訳は、最初の記事に。

うちのエルサ。 - うちのエルサは アスペルガー

 
そして、まずはエルサが幼き頃のことを書こうかと思います。
ただ生まれてから8年間のことを書くと、そればっかりになって、
最近の面白いことが書けないので、ボチボチ思いついた時に
書いていけたらいいな、と思います。

我が家のエルサは、先天性の色々な障害やらがあったので、
生まれて数十分で大きな病院のNICUに入院するという
最初から飛ばしていくタイプの子でした。
その頃、私は24才。若いってコワイですね。
自分の子どもに何かあるかも、なんて1mmも思ってませんでした。
あー、あの時コウノドリがあったら…

 ↓これね。全ての男女に読んで欲しい漫画です。

コウノドリ(6) (モーニング KC)

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てなわけで、なーんの知識もなく 
その後も入退院や手術やてんてこまいだったため、
寝返りやらハイハイやらお座りやらタッチやらつかまり立ちやら
最初の一歩もぜーんぶ、育児書よりも数ヶ月遅かったけど、
あんまり気にしていませんでした。
「まーいつかは出来るようになるっしょ」と思っていました。
そんなことよりも、普通に元気に生きてくれてるだけで
いいや、と思っていました。

ただ、うちのエルサ、まぁカンが強い子でした。
神経質で、寝ていてもちょっとした物音で「ギャーーー――ン!!!」
背中にセンサーが付いてるのか、というくらい
立って抱っこしていないとダメでちょっとでもソファに座ると
「ギャーーーーーーン!!」
夜も全然寝ないし、他の人の抱っこでは全然ダメ。
夜中に水道の水を全開にし、その前で抱っこで揺らしたりしました。
(そうしている間は寝てくれたw)
宇津救命丸も真剣に検討しました。(結局飲ませなかったけど…)

イヤイヤ期にも苦労しました。
よく育児書なんかに書いてありますよね、
「これ履く?こっちにする?と聞くからダメなんです、
どれにしようか?と選ばせてあげると意外とすんなり選んでくれますよ」
いやいやいや!
「全部いやじゃ言うとるやろがーーーーーーーーーーー!!!!」と
エルサの怒りに触れてしまいます。
3才になったらぐっとラクになると聞いていたイヤイヤ期。
おかしいな、年齢があがるにつれ、うちの子は明らかにパワーアップしてる。
ある時は、幼稚園に行く途中の車の中で彼女の怒りが爆発。
チャイルドシートに縛られたまま、器用にも制服を全部脱ぎ捨て
窓から全て投げ捨てるという大胆な行動に!!
幸い歩道側だったので、ちょっと先に車を停め拾いに戻りました。
後部座席のチャイルドシートには、怒った顔の半裸のエルサが。
そんな彼女の癇癪爆発武勇伝は数え切れないほどあります。
ただ、内弁慶な我が家のエルサ。
幼稚園では一切その爆発を出さないのです。

「私の育て方が悪かったのではないか」
「私がもっと厳しく育てるべきだったのではないか」
そんな自己嫌悪と罪悪感と敗北感ででいっぱいでした。
その頃、私はシングルマザーでした。
なので、当時の先生に言ってみても、
「お父さんがいなくなって、精神的に不安定になってるのかしら。
 お母さんにしか甘えられないんだから受け止めてあげて」
と言われるだけ。
「離婚したことがやっぱり良くなかったんじゃないか」
そうも思いました。
やーね、ろくに家に帰って来なかったお父さんの影響なんか
あるわけないのに(笑)

5才を過ぎた頃、いよいよ「イヤイヤ期って年じゃないだろう」と
気がついた私(笑)
その頃には癇癪の爆発は週に2〜3回、1回2時間にも及び、
ありとあらゆる物を投げ、部屋をひっちゃかめっちゃかにするように
なっていました。私もこのままじゃ、こどものことを嫌いになってしまう。
と切羽詰まっていました。
その頃、相談に行った児童相談所の心理士さんに紹介された、この本に出会って
私達の親子関係も我が家のエルサも劇的に変化を遂げていきます。

読んで学べるADHDのペアレントトレーニング――むずかしい子にやさしい子育

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